(写真:新日本プロレスリング)
(写真:新日本プロレスリング)

 数々のスターを生み出しながら低迷した新日本プロレスリング。タカラトミーで経営手腕を発揮、赤字から脱却させた実績を持つハロルド・G・メイ新社長にカウント2.9からの復活の要因を聞いた。

新日本プロレスリング(以下、新日本プロレス)は長らく低迷していました。何が原因だったのでしょうか。

メイ:新日本プロレスは46年という長い歴史を持つ会社です。プロレス団体としての規模も世界で2番目に大きい。かつてはゴールデンタイムにテレビ放送もされ、人気は絶大でした。ところが、2000年代に入ると人気に陰りが出て、05年には過去最大の赤字を計上してしまいます。

 落ち込みの理由は、プロレスのエンターテインメント性に魅力を感じるファンのニーズと乖離してしまったからだと考えています。観客は少なくなり、テレビ放送枠もゴールデンタイムから深夜になり、それでまたファンが減りと、いつしかマイナスのスパイラルに陥ってしまったのです。

 暗黒期はしばらく続きましたが、12年にゲーム会社のブシロードがユークスから新日本プロレスを買収したことが転機になりました。以来、業績は好調です。債務超過の厳しい経営状態から一転、18年7月期の売上高、経常利益ともに過去最高となりました。

選手に感情移入できるか

V字回復に至った要因は何でしょうか。

<span class="fontBold">ハロルド・G・メイ氏</span><br> 1963年オランダ生まれ。少年期を日本で過ごす。米ニューヨーク大学大学院修了。サンスター、日本コカ・コーラ副社長を経て、2014年タカラトミー入社。15年に社長兼CEO(最高経営責任者)に就任。赤字から脱却、大幅黒字に転換させV字回復に導く。18年6月から現職(写真:稲垣純也)
ハロルド・G・メイ氏
1963年オランダ生まれ。少年期を日本で過ごす。米ニューヨーク大学大学院修了。サンスター、日本コカ・コーラ副社長を経て、2014年タカラトミー入社。15年に社長兼CEO(最高経営責任者)に就任。赤字から脱却、大幅黒字に転換させV字回復に導く。18年6月から現職(写真:稲垣純也)

メイ:理由は主に3つあります。1つ目が、レスラー一人ひとりのブランドの構築です。プロレスの人気はレスラーのブランド力と連動します。そして各人のブランド力を高めるには、個性と共感が大事になります。ただ個性的なだけでは駄目。ファンが感情移入、自己投影ができる個性でないと興味を持たれません。

 そうした方針の下、12年以降、彼ら一人ひとりの個性をいかに伝えるか、レスラー個人も会社も本腰を入れるようになりました。

 レスラーにツイッターを始めてもらったり、レスラーそれぞれが抱える物語をエモーショナルな映像で伝えたりしました。プライベートや練習風景のほか、どんな思いで今回の試合に臨んでいるか、何を乗り越えて今リングに上がっているのかなどを、動画サイトや試合会場で流したのです。

 例えば、上映時間2時間の映画があったとして、最後の10分がクライマックス、決闘シーンだとしましょう。プロレスの試合はいわばその最後の10分なんですよ。

 もちろん、そこだけを観ても十分楽しんでもらえる。しかし、ケガからの復活や選手同士の因縁など決闘シーンに至る1時間50分のストーリーを知っていたら、感情移入と自己投影で何倍も試合が面白くなる。

 単に格闘技ということでは自己投影まではできません。格闘そのものをまねするのは難しいですからね。レスラーの物語を提示して初めて、「あいつには負けたくない」などの気持ちに感情移入できるのです。

 今まではこの1時間50分の部分を伝えず、ラスト10分のすごさだけでお客様を集めてきました。それを変え、2時間丸ごと提供するようにしたのがブシロードです。

 もともとカードゲームなどを制作しているので、一人ひとりのキャラクターをどう生かすかといったことやストーリーテリング(事実の提示ではなく、物語で伝える)が得意分野なんですね。これをプロレスに応用したことが成功要因の1つだと思います。

マニア向けにしない

成功要因の2つ目は?

メイ:コアターゲットをリセットしたことです。とかく企業はコアターゲットに絞って、マーケティングをしがちです。でも現在のコアになっている顧客が将来的にもそうであるかは別問題です。

(写真:稲垣純也)
(写真:稲垣純也)

 コアターゲットはどんどん年齢を重ねていくので、気が付くと市場そのものがなくなってしまいかねません。このコアターゲットをリセットする勇気を持つことが、どの分野においても非常に重要だと思います。

 5、6年前まで、プロレスの一番のコアなファンというと40代、50代の男性でした。12年以降は、女性と子供に注目しました。当初、来場者に占める女性の割合は1割いたかどうか。今、我々の試合を見に来る人たちの4割が女性。しかも20、30代が多くなっています。1割が12歳以下の子供。5割が男性。非常にいいバランスです。

なぜうまくリセットできたのですか。

メイ:男性と女性、子供では注目するポイントが違います。男性は技や試合そのものに関心があるという人が大半。女性はそれも見るけれども、レスラーのビジュアルやキャラクターを重視します。

 一方、子供は、いわば仮面ライダーの実物を見て「わあ、すごい!」と思う。格好良さや強さに引かれているのだと思います。このように応援したくなるポイントが三者三様なのです。

 こうしたいずれの層にも訴求するには、レスラーの多様化が重要になります。

 今、年間参戦選手は70~80人います。外国人選手と日本人選手が半々。パワーで戦う選手もいれば、テクニカルな関節技が得意な選手もいれば、空中殺法が上手な選手もいれば、ちょっとコミカルというか反則を使って展開する選手など、実に幅広い。さまざまな選手がそろっていて、どのファン層にも応えられるのです。

 随分前の話になって恐縮ですが、僕が日本コカ・コーラに入社した当時、コカ・コーラという商品の売り上げは減り続けていました。消費者調査をして驚いたのが、20歳前後の男女でコカ・コーラを飲んだことがない人が2割もいたのです。

 理由は明確でした。30、40年前に20歳だった人たちをずっと追いかけていたからです。飲んだ経験がなければ好きになるわけがありません。

 そこでコアターゲットを若い世代にシフトし、広告宣伝をここに向けて集中投下したのです。まず駅前でサンプリングすることから始めました。炭酸離れや不健康なイメージが問題なのではなく、単純に知らないだけ。プロレスも同じです。

最後、3つ目の成功要因は?

メイ:少しでも多くの人に1回でもいいから、まず見てもらう工夫を重ねたことでしょう。どんなものでも体験してもらわないと魅力は伝わりません。

 とはいえ、我々は興行会社です。チケットを販売して会場に数千人、数万人を集める。必然的にキャパシティーは決まっていますから、そのままでは見てもらえる人数はそれ以上増やせません。試合数を増やそうにも、現時点で年間約150試合を開催。選手も休まないといけないし、移動もしますから、もはや限界です。会場を大きくすればいいじゃないかという発想もありますが、これも現実的とは言えません。

いつでもどこでも観戦

 ではどうするか。それにはテクノロジーの活用が鍵を握ります。代表的なものが、14年から始めた動画配信サービス「新日本プロレスワールド」です。インターネットがつながれば、いつでもどこでも好きな時間に世界中の人たちが見られます。現在、このサービスの会員数は約10万人、約半数が海外からの加入者です。

 先日、米サンフランシスコの大会で六千数百人が集まりました。日本の興行会社としては過去最高。来年の4月にはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで大会を開催します。「1万6000人分のチケットが16分で完売した」と報道されました。マディソンの長い歴史の中でもこれほど早く売れたことはないようです。

 僕が社長になったからには今まで話してきた3つのポイントを強化するとともに、国際化により力を入れていきたいと考えています。

 現時点では英語コンテンツがほとんどありませんし、英語の解説も一部付けていますが、エモーショナルさが足りない。より臨場感あふれる解説ができる人をリクルーティング中です。

 もう1つ、国際化で重要になってくるのが法務。リーガルです。リーガルの考え方は、日本と海外では真逆と言っていいくらい隔たりがある。そういう意味でも、日本企業でも外資系企業でも働いた経験のある僕は力を発揮できると思っています。

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選手をモチーフにしたクマのぬいぐるみが社長室に飾られている(写真:稲垣純也)
選手をモチーフにしたクマのぬいぐるみが社長室に飾られている(写真:稲垣純也)

 僕は新日本プロレスを興行会社からIP(知的財産)会社に変換したいと考えています。興行会社はチケットやグッズを販売する。それにも今まで通り取り組みますが、IP会社としてこの会社が生み出すブランドという資産をさらに有効活用したいと思っています。

子供の頃からプロレスが大好き

メイ社長はそもそもプロレスファンだそうですね。だからたくさんのオファーの中から新日本プロレスを選んだのですか。

メイ:プロレスは子供の頃から大好きなんですよ。自分の好きな仕事で、自分が得意とするスキルを生かせる。このコンビネーションで不思議なパワーが湧いてくるのです。新日本プロレスをもっと大きくしたい、そのために力になりたいと思っています。

突然、外国人の社長が来て驚いた社員もいたのでは。

メイ:僕は第一印象を非常に大事に考えています。商品を初めて買うときのパッケージ、味、雰囲気などはとても大切だと思う。

 僕は入る前に会社にお願いして、イメージ映像を作ってもらいました。なぜかニューヨークでのシャワーシーンから始まり(笑)、オファーを受け、社長として登場するまでがストーリー仕立てになっています。

 その上で、社員に安心してもらうために、「コストカットのために来たのではない。投資に来ているのだ。10年後、20年後のことを考えて今これをやらなければいけない」と説明しました。

試合会場でファンに手渡している「サポーター認定証」(写真:稲垣純也)
試合会場でファンに手渡している「サポーター認定証」(写真:稲垣純也)

 日本企業の優れているところは団結力です。ひとたび戦略や方針を共有すると、ものすごいパワーが生まれる。ただ、社長の言うことが一般社員まで素早く伝わらないのが難点。なぜなら階層がやたらと多いからです。

 そこで前職のタカラトミーでは、社長から新入社員までの階層を従来の12、13から半分に減らしました。おかげで意思伝達がスムーズになり、決断もスピードアップしました。今の会社でも風通しをよくしたいと思い、社長室のドアは常に開けています。最近は社員がちょくちょく相談に来るようになりました。

社会的な偏見をなくす

試合会場にも積極的に顔を出していますね。

メイ:「企業の顔」はファンにも見えないと駄目だと思います。社長がどんな人で、どんなことを考えているかが分かれば、安心感が生まれる。「こういう人が社長なら大丈夫かな」と思ってほしいのです。

 ファンも心配なわけですよ。外国人の社長だから米国風のプロレスになるんじゃないかとか。だから一生懸命に顔を売っています。可能な限り会場に行って、試合前に直接ファンと話す。お客様の声を聞くことは経営の参考になるし、励みにもなります。

「Good Heart Business」、正直なビジネスがメイ社長の信条
「Good Heart Business」、正直なビジネスがメイ社長の信条

 最近はうれしいことにすぐに行列ができて、何百人と写真を撮っています。これだけではもったいないと思い、「サポーター認定証」を手渡すことにしました。もう8000枚以上配りましたよ。

 僕が最終的に取り組みたいのは、プロレスへの社会的な偏見を減らすことです。「プロレスは血がたくさん出て野蛮だ」と言われることがありますが、そんなことはない。女性や子供が見ても安心できる内容だと分かってもらう。これも僕の重要な仕事の1つです。

 プロレスを見て、「すごい試合で元気をもらった」と、いい思い出をつくってもらいたい。見てくれれば必ずフォーリンラブするはず。ぜひ一度見に来てください!

(この記事は「日経トップリーダー」10月号の記事を再編集したものです)

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