地域情報(白山2・3丁目界隈)−→この界隈の不動産屋さんを見る− Googleの大きな地図で見る


小石川植物園


 3丁目7番にある。将軍になる前の上州館林藩徳川綱吉の下屋敷だった白山御殿は、明暦元年(1655)巣鴨原の白山社・女体社・氷川社を立ち退かせて跡地に設けられたのでその名がある。その白山御殿が廃され、貞享元年(1684)麻布や大塚の御薬園(護国寺)を移して幕府直轄の「小石川薬草園」とし、享保七年(1722)町医小川笙船の目安箱への訴えを受けた吉宗が、園内に「施薬院」を設置した。施薬院は山本周五郎の描くところの『赤ひげ診療譚』(黒沢明監督が映画化して『赤ひげ』)で有名な無料の庶民病院「小石川養生所」で、幕末まで続いた。庶民に冷酷な明治新政府は、これを引き継がず取り壊し、薬草園の方は、明治元年東京府の管理とし、同2年東大の前身大学東校管轄の医学校薬園と称え、同4年文部省所管、同6年博覧会事務局付属になって、同8年教育博物館所管「小石川植物園」と改称された。同10年東京帝国大学所管となり、現在は正式名を東京大学大学院理学系研究所付属植物園」といい、小石川植物園は別称となっている。

<情報提供:HP推進委員会>


ニュートンのリンゴの木


ニュートンのリンゴの木

 焼却処分免れた「科学の心」朝日新聞(平成9年4月8日)
物理学者のニュートンは、リンゴが木から落ちるのにヒントを得て「万有引力の法則」を発見したという逸話は有名です。そのリンゴの木は枯れる前に接ぎ木によって増やされ、記念樹として、ヨーロッパはじめ世界各地で今も大切に育てられています。
日本にその木が輸入されたのは1964年のことでした。当時のイギリス物理学研究所長のサザーランド博士から、日本学士院長だった柴田雄次博士に苗木が送られたのですが、その株は高接(たかつぎ)病というウイルスに侵されていました。普通なら直ちに焼却処分になるところですが、容易に入手できない貴重な植物で、この病気は接ぎ木以外には伝染しないこと、無毒化できる可能性があることなどから、当園に隔離保存されることになったのです。その後、農林省果樹試験場などで、高接病の無毒化の研究が行われ、その資料をもとに当園の伊藤義治技術官によって1980年、ついにウイルスを除去することに成功し、園内に植えることができたのです。
現在、「ニュートンのリンゴ」の看板のもとに大きく育成しています。また、全国の植物や博物館、学校などの公共施設にも分譲され、「科学の心を育てる記念樹」として親しまれています。
もし、あの時、焼却処分となっていたらと思うと、先人たちの計らいに感謝したい気持ちです。
毎年、当園では4月中旬ごろから、花が咲きだし、結実します。しかし、熟する前にカラスが引力の手伝いをしてしまい、自然に落ちるのは、なかなか見れません。
(東大理学部付属植物園 下園文雄)ところでこのリンゴの木、それこそ日本全国至る所に生えています。実は、そんなに珍しいものじゃなかった? 小石川植物園では「ニュートンのリンゴの木は色々な場所にあります。日本にあるものの元は全部ウチなんですよ」との話し。噂を聞いて日本全国から株分けして欲しいという声が上り、教育や研究を目的とした施設(学校や他の植物園など)にのみまあ一応審査した上で、分けていたのだ。
 しかし中には無許可で孫分けのようにして広まっていくケースがあって、園としては一切認めていないが、そんなこと厳守するような日本人は少ない。で、増殖し続けて今では、日本中にどれほど多くの「ニュートンのリンゴの木」が存在するのか、正確な数は把握できておらず、恐らく数百本というような生えっぷりとなった訳だ。ただのリンゴの木ですけど。
ちょっと調べてみても、土木研究所新潟試験所・岡山県立倉敷工業高等学校・沼津メカトロセンター・さいたま少年宇宙科学館・日田市石井里山公園・理化学研究所ゲノム科学研究センター(横浜)・那珂市立額田小学校・日本大学生産工学部(日本物理学会からの孫株)・滋賀短期大学・慶応大学理工学部・中央学院・大町エネルギー博物館・福島市ごどもの夢を育む施設こむこむ・新潟県潟東村ゆう学館etc. etc、キリがない。
 実は、ニュートンのリンゴの木は、イギリス原産。ウールストープ(Woolsthorpe)のニュートンの(Neuton's)園に生育していた樹から直接採った穂木が繁殖したもので、「ケントの花(FlowerofKent)」という種類だ。「りんごのほん」(和広出版・栗田哲夫編著)によれば、原木は、文化十一年(1814)に枯れてしまったそうだ。だから「ニュートンの木」というのも、怪しいといえば怪しい。日本にもたらされた時で、枯死してから既に150年も経っている。ニュートンが万有引力の法則を思いついてからは300年後に日本にやってきた。まあロマンといえばロマンです。
 さて長野県には、昭和57年大町市の大町エネルギー博物館に、小石川植物園より穂木で分けられたが、日本渡来後、分配までに18年も掛かったのは、苗木がウィルスに汚染されていたので、小石川植物園で「隔離療養」されていたためだ。熱処理法で健康となって、ようやく長野県下にも送られたが、平成3年長野県農業経営者協会20周年記念事業として、勝手に「農業に接する機会が減少している中で、子供たちが農業に関心を持ち、農業を理解できるように育ってほしい」という屁理屈を付けて、県内の小・中学校等に希望を募り矢鱈ら滅多ら配布してしまった。
 配布先:小学校154、中学校3、高校10、農業大学校2、役場等109、県機関7、その他3 この時、同協会に加入している民間業者にも「ケントの花」が配られたから、長野県はニュートンのリンゴの木だらけになってしまったったという訳です。

<情報提供:HP推進委員会>


コリアブックセンター

白山下交差点を千石方面に向かって左側にちょっと不思議なビルがある。なんの変哲もないような普通のビルなのに屋上に高いポールが立っている。
よく見ると斜めにケーブルらしき物が張ってある。
この建物は「コリアンブックセンター」といわれている。
建物のかたわらに礎石がある。みるとハングルでなにやら書かれている。
筆で書いたようにくずした字体なので良く分からないが、私のつたないハングルの知識で読んでみると「朝鮮出版会館」と書いてあるようだ。
屋上のポールから斜めに張られた線はたぶんアンテナでしょうか。あれだけ長い線をアンテナしていると言うことは、船舶無線などで使用する10メートル以上の長波長域の周波数を使用しているのでしょう。
本国と何を通信しているのかちょっと気になるところです。

「朝鮮出版会館」と読めた。

近所には本格朝鮮料理のお店が数軒あります。
URL:http://www.krbook.net/index-j.htm

<情報提供:HP推進委員会>